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ボロン・ボ・ローン|ライブハウス経営者の日記

こんにちは、未来のライブハウス経営者、ボロンボローンです。 愛知で絶賛活動中!愛知から世界へ羽ばたくバンドマンを応援すると共に、自らもバンドマンとして活動中!

RISING SUN ROCK FESTIVAL 2016 in EZO 〜面の皮アツアツのアホ3人旅〜 後編

前回に引き続き、ライジングサンの体験を記録していきます。

ノープランと万全ではないコンディションで臨んだ、初のライジングサン。野外フェスでのテント泊も初めてのアホ3人組のお話です。

 

初日(8月12日)

 前編でも書いたように、他人任せの3人組はうっかり駐車場の券を買うのを忘れていたため、一人は最寄りのパーキング(手稲駅)まで車を停めに行く羽目になり、2人は大荷物(キャリーバッグ3つ、テント、食料、ダンボールたくさん)を抱え、テントサイトまでくじけそうになりながらも歩くのでした。

 北海道と言えど、夏のど真ん中、照りつける太陽に汗は流れ続けます。周りを見渡すと、同じくテント泊をする人たちが、台車に荷物を乗せて悠々と歩いていきます。歩くこと20分。なんとかテントサイトにたどり着き、持ってきたポカリをがぶ飲みします。テントサイトは大まかに区分けられ、自分たちの区画を探します。すでにテントはいっぱい立っていて(前日からテントを立てれる模様)、「ホタテの6列の7行」の場所を数えながら進みます。

 テントとテントの間の細い道を進むと、恐らく僕たちの場所であろう区画に、すでにテントを立てている大学生くらいの男女がいます。大雑把な区画と、目印もないので、自分たちが数え間違えたのかもしれない。そう思って声をかけると、丁寧に教えてくれます。すると隣のお節介おばちゃんも出現し、ここは「◯列の△行だよ」「え?◯列の×行でしょ」すると別のお兄さんも「◇列の△行だよ」と、にわかに混乱が広がっていきます。僕らがアホで無知で声をかけたばっかりに、平穏だったテントサイトの秩序が崩壊されてしまった、、、。という大げさなこともなく、どうやら僕らの本来の場所に、大学生の子らがテントを立ててしまった模様。僕らも場所にこだわりはなかったので、そこを譲り、彼らの場所を僕らの拠点とすることにしました。間違ったっていいじゃないフェスだもの。

 とにかくやっと荷物を降ろせる。荷物を降ろしても、相変わらず太陽はキツめに照らしてきます。とりあえず雑草を少し抜いて整地し、その上にダンボールを敷き、簡易テントを立てて、一息つきます。14時。一番大きなSUN STAGEでは、15時からONE OK ROCKがオープニングを飾ります。とりあえず、ビールをということで、車を停めに行ったソイとは合流を果たせていませんが、一杯ひっかけます。お店は北海道の名物の豚丼や、ラーメン、釜で焼いたピザ、かき氷、スープカレー等々、だいぶ充実しており、お客さんもさほど混雑しておらず、割とスムーズに買うことができます。簡易のコンビニで、ローソンとサンクスもあるので、便利。ポカリやマッチなどの飲料水だけ売っている店も充実していて、熱中症対策も万全でした。充電スポットもあり、コンセントの穴はいっぱい。そこで炊飯器で米を炊く面の皮アツアツの強者もいます。野外フェスもここまで便利になったのか、と感心しました。

 

ライブスタート

 15時になり、各ステージでライブが始まります。どこにいても音楽が流れ聴こえてきます。僕とボロンはPUFFYが始まるまで、indigo la Endを初っ端に見ることにしました。indigo la Endはご存知の方もいるかと思いますが、「ゲスの極み乙女」のメンバー川谷絵音が、同じくボーカルとして活動しているバンドです。全然関係ないけど「絵音」って、いかにも芸術的センスを備えていそうな名前。

 20分ほど楽しんだ後、PUFFYのステージに移動します。決して大きくはないステージで、案の定の超満員。屋根のある屋内っぽい会場で、お客さんは入りきらずに、外にはみ出ている始末。「PUFFYはもっと大きいステージでしょう」という声がどこからともなく聞こえてきます。そういえば野外フェスのステージはどのように割り振られるんでしょうね。知名度?人気?旬?事務所の力?スタッフの推し?

 そんなことを考えていると、PUFFYの入場曲のハイスタが流れ始め、会場は一気に沸き立ちます。なぜかボロンはこの入場曲でピークになってた。PUFFYを生で見るのは初めてでしたが、由美も亜美も小さい。そして可愛い。本当に40歳過ぎてるのか!?

 ライブは「アジアの純真」から「渚にまつわるエトセトラ」から「これが私の生きる道」「サーキットの娘」ほとんど知ってる曲ばかりで大盛り上がり。PUFFYの曲といえば、奥田民生。前述したヒット曲も全部奥田民生プロデュースで、さらに奥田民生の後ろから見え隠れするビートルズっぽいサウンドが、まさにいい感じ〜でした。

 

 次に「Suchmos」というバンドを見ました。僕は初めて聴いたのですが、今注目されているバンドだそうで、なんでもJAZZ&HIP HOPなどブラックミュージックにインスパイアされたバンドだそう。なるほど、思わず首をカクカクさせてしまうリズムに、ファンキーなベース、なかなかの中毒性のある音楽です。ボーカルも爽やかイケメンで、こりゃ人気出る。

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 その後、休憩がてらBABY METALを遠目から覗いて、LIFE IS GROOVEへ。KenKenは相変わらずのテクニシャンで、竜之介君も楽しそうに演奏しています。ムッシュかまやつは体調不良でいませんでした。横浜のグリーンルームフェスでも体調不良でいなかったので、少し心配です。KenKenや竜之介君もすごいのですが、サポートの人たちもすごいのです。特にドラムの女性が、かっこいいなぁと思って調べてみると、SATOKOさんというそうで、「FUZZY CONTROL」というロックバンドのメンバー。そして父親は「手数王」の異名を持つジャズドラマーの菅沼孝三ということを知り、知らなかった自分を少し恥じました。なおSATOKOさんは2日目のスガシカオのサポートドラムもしていて、こちらもかっこよかったです。

 KenKenはこの後も、いろんなところで登場していました(普通に飲み歩いてもいました)。ライジングサンを一番楽しんでるのもこの人かもしれない。

 

 すっかり日も暮れた頃、ソイと合流し、エレファントカシマシを見ました。相変わらずの白シャツに黒いパンツ。ボサボサの髪をかき上げて、目を見開き、必死に歌う姿は心を打たれます。エレカシは、さぁがんばろぉうぜぃ〜で始まる「俺たちの明日」や、「風に吹かれて」など、鬱屈した日常を送る人たちを励ましてくれるような、元気をもらえるような、そんな曲がいっぱいです。僕らの隣で見ていた女の子は、感動して涙を拭いていました。

 そして名曲「今宵の月のように」で、会場は一気に盛り上がります。星を見上げる人も。先ほどまで泣いていた隣の女の子は、テンションが上がり、空を指差して「あれ、衛星ですよ」と急に僕に話しかけてきます。「え?あれ?え?」と急すぎて、きょどってしまいましたが、要するに一体感ある会場でした。

 

 すっかり暗くなりましたが、ステージの照明や、至る所にオシャレなオブジェの明かりがあり、またカフェやBarにはミラーボールがあり、夜は夜の雰囲気を楽しめます。深夜には飲食店は閉まってしまうのかと思っていたけれど、意外とそうでもないみたいでした。

 エレカシの後、僕たちはペトロールズを少しだけ聴きに行きました。ペトロールズは浮雲がギターボーカルをするスリーピースバンドで、以前、愛知県の蒲郡のフェス「森、道、市場」で見かけて好きになりました。高い演奏技術と大人のムーディーな声にやられます。僕は特に「FUEL」という曲のドラムのコーラスの「ヘィ」という掛け声がクセになるほど好き。

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 次にサンボマスターを見に行きました。一応二番目に大きなステージ?ですが、屋根ありのところで、入場規制が出るほどの超満員。今日一番盛り上がってるんじゃないかっていうくらいでした。サンボマスターはMCも含めて、何かこうグッとくるものがあるというか、ライブでこそ伝わる何かがあります。この人たちは本当に伝えたいことがあって、音楽してるんだなぁと思えるバンドの一つです。

 

 23時以降は通し券持っている人しか会場に入れません。23時以降は、ソイとボロンは布袋さんを見に、僕は真心ブラザーズのフォーク村夏祭りを見に行きました。

 フォーク村ということで、キャンプファイヤーにあたりながら、懐かしのフォークソングを聴きます。ゲストが代わる代わる登場して、トータス松本吉田拓郎の曲を歌ったり、水曜日のカンパネラが中島みゆき「ファイト」を歌ったり、とてもゆったりとしていい雰囲気でした。疲れと、いい雰囲気すぎて、寝ている人もたくさんいました。

 

 気づくと日付は変わり、深夜2時頃。お腹が少し減りましたが、疲労と眠気でテントに向かいます。ソイとボロンはとっくに寝ていると思って戻ると、二人の姿は見えず。どうやらお腹が減ってカレーを食べに行った模様。僕は寝袋を準備し、寝にかかると、ボロンからLINEで、女の子に逆ナンされたから連れて帰るとの報告。何をしょうもない冗談を、と思い横になっていると、ガサゴソとテントが開く音が。見るとボロンが玉のような女の子をおんぶしているではありませんか。しかし体力の限界を迎えていた僕は、「これが、フェスか、、、」と言い残して、再び寝袋に入り込みました。結局ソイとボロンは女の子をすぐ元の場所に戻して、無事帰宅。歯磨きをして眠りました。あれは夢だったのかな。

 

2日目(8月13日)

 前日の疲労困憊の体を考えれば、昼まで寝ていてもおかしくないコンディション。しかしきっちり朝6時に目が覚めました。なぜか。テントの中が暑すぎる。夜はあんなに寒かったのに。太陽の光で、テントの中はアッツアツ。仕方なく起きて、顔を洗いに行きます。手洗い場は大渋滞。トイレの後手を洗う人、歯磨きする人もいますが、髪の毛洗う人もいて、大渋滞してるわけです。僕たちは行列の中、シャンプーを持って堂々と髪を洗うほど、面の皮厚人にはなりきれず我慢します。簡易シャワーもあるようですが、予約がいるとのことで、それはすでに断念していました。前日に買ったウェットティッシュで全身を拭いて、少しはサッパリしたけれど、やっぱり気持ち悪い。テントの中は暑いし、睡眠不足で、疲労は残ったまま。

 

 体調不良で来れなかったタコのためにTシャツを買いに、グッズショップに行きました。1日目は大行列でとても並ぶ気にはなれなかったけど、今日は10時にショップが開く前に行けば並ばずに済むと思い行ってみると、すでに並んでる、、、。それでも昨日ほどではなかったので思い切って並びます。現金とカードで列が違うようで、カードの方が空いてたので、そちらに並びます。行列に対して、対応するスタッフの数少なくね?とかブツブツ思いながら、カードを持ってるソイに並ぶのを途中で任せて、僕とボロンは隣で見守ることにしました。各アーティストのグッズも見てみましたが、結構売り切れてて、どうしても欲しいものがある場合は、やはり並んででも前日に買うべきだと思いました。

 

 無事Tシャツを買い、カフェのテントで休みながら、遅めの朝食でグリーンカレーを食べます。そこに昨夜の女の子が働いてました。「よう」とハイタッチするソイ。あれは夢ではなかった。グリーンカレーは香辛料の効いた、程良い辛さで、お世辞抜きにうまい。おかわりしようかと本気で悩むほどでした。うまいという噂が広がったのか、夜には行列のできる店になってました。

 カレーで少し元気を取り戻し、昼頃になって手洗い場が空いていたので、髪の毛を洗ってサッパリ。すごい解放感。

 

 ライブに行く元気が出てきたので、スガシカオを少し見た後、寝転びながら大黒摩季を聞きました。心地の良い風で、いつの間にか寝てしまいました。やっぱり北海道。何もしなくても、それはそれで最高です。

 小一時間寝たところで、RIP SLYMEが始まりました。僕たちは所々、積まれている干草の上に登って見ました。ボロンとソイは30分後に始まる「the pillows」を見るために、早めに移動しました。pillowsは僕らがコピーしてるバンドでもあるので、やっぱり見たい。でも僕はRIP SLYMEも少し見たい。欲張りな僕はRIP SLYMEの好きな曲「One」を聴いたら行こうと決めました。

 ボロンとソイが干草から降りると同時に、一人の女性が「隣いいですか?」と。断る理由などありません。干草の上に座る二人。ボロンとソイはニヤニヤと僕を見て、pillowsに向かいました。何か新しい出会いの予感を感じつつ、奥手男子の僕は話しかけることもできず座っていると、向こうから「どこから来たんですか?」と。驚きのあまり「名古屋です」と、つい岐阜県民の誇りを捨てて、名古屋人ぶってしまいました。一生の不覚。しかし一度話し始めると、スムーズに話が続き、これがフェスの醍醐味かと会話を楽しみました。そうこうしてると僕の好きな「黄昏サラウンド」が夕日をバックに流れます。いい感じのムード。さらに「One」も始まって、最高潮です。しかし僕は「One」と共に去らなければいけません。pillowsが僕を待っている。浮気者の僕を許しておくれ。そう心の中でつぶやき、女性にお別れを言って、そこを去りました。後で連絡先を聞かなかった僕は、ソイとボロンに説教されました。

 

 急いでpillowsに向かう途中、ちっちゃめのテントステージでKenKenが演奏していました。SATOKOさんがドラムです。思わず立ち止まって、一曲だけ聴いてしまいました。イカンイカンとpillowsの会場へ向かいます。

 pillowsでは僕の好きな「ハイブリッドレインボウ」が聞けたし、バンドで演奏している「funny bunny」も聴けたので大満足でした。

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 その後すぐに、慌ただしく「cero」の会場に向かいました。ceroを生で見るのは初めてだったので、どんなパフォーマンスをするのか楽しみでした。バンドの後ろのスクリーンにプロジェクターで古い映画のシーンや、独特な映像を流し、それとマッチする愉快な音楽。ファンタジーであり都会的、そんな感じでした。

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 ボロンとソイは、pillowsで最前列で全ての力を使い果たし。持ってきたカップ麺で腹ごしらえして、テントで少し休みます。

 気づくとすっかり暗くなっていて、ソイはライブを見に、僕とボロンはバーでビールを飲みながら、花火を見ることにしました。KenKenがビール片手に歩いていて、なんだかでかく見えました。飛び入り参加のテントステージが始まったところで、ボロンは寒い寒いと言い、テントに寝に戻り、その後もついに目覚めることはありませんでした、、、。

 ステージではKenKenと中村達也、そこにReiが加わってジャムセッションを披露。かっこよすぎでした。

 まったりと過ごしていると、「七尾旅人」のライブを見てきたソイが興奮冷めやらぬ面持ちで戻ってきました。七尾旅人のムチャにより、会場は大盛り上がりだったとか。七尾旅人はお客さんに肩車されて演奏し、そのままあっちへふらふらこっちへふらふら。何を思ったか屋根に登ろうとしたり、木に登ろうとしたり、ソイは土台となって七尾旅人を持ち上げ、しまいには木を折ってしまう始末。時間も延びに延びて、ソイは「最高だった」と一言。

 大満足した後、僕たちはテントに戻り、日の出まで休みました。

 

 空がうっすらと明るくなってきた頃、目が覚めると、メインステージの「BRAHMAN」の演奏が聴こえてきます。本当に日の出までやるんだなと、感心し、太陽が昇る方を3人でぼーっと眺めます。少し雲があったけれど、オレンジ色の朝日を浴びて、澄んだ空気を吸いこむと気持ち良かったです。

 

 疲れは否めず、生まれたてのゾンビのようにのろのろとテントを片付け、配られたゴミ袋にゴミを分別します。テントは会場から郵送で送ることができました。

 片付けも終え、さっさとタクシー乗り場に向かい、手稲駅まで行きます。3000円くらいだったかな。タクシーの運転手さんに近くの銭湯を聞いて、車に戻ったらすぐさま銭湯に向かいました。

 全員満身創痍で、銭湯でもグッタリ。そして、想定通りソイは風邪を引きました。美味しいラーメンを体に流し込むも、ソイのうまいもんバロメーターの目は一切開かず。限界を迎えたソイ病院に駆け込んだのでした。なさけない。

 

 帰りの空港はお盆の帰省ラッシュと重なり、大混雑。飛行機も案の定遅れました。岐阜に着いた僕は最終のバスを逃し、キャリーバッグを片手に歩いて帰りました。コンビニでチューハイを買って、飲みながら帰り、なんだかんだで2時間半。

 疲れで酔いが回り、朦朧とする意識の中、「こんなにきつい旅は当分ごめんだ」と思うのでした。

 

 8月ももう終わります。あのきつかったノープランの旅から2週間以上が経ちました。僕の非日常もまた日常に変わっていきます。そしてなぜか「来年もまた行こう」とすでに思ってしまっているのです。

 

終わり

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RISING SUN ROCK FESTIVAL 2016 in EZO 〜面の皮アツアツのアホ3人旅〜 前編

こんにちは。カリです。

夏休みボケや、ライブハウスの計画が滞って、ずいぶん久しぶりになってしまいました。

先日行ったRISING SUN ROCK FESTIVAL 2016での体験を振り返りがてら、後学の為にも記録しておいた方がいいかと思い、綴っていこうと思います。

今回は、メンバーのボロン、ソイ、タコ、自分の4人で北海道に乗り込むつもりでしたが、タコは体調不良により惜しくもキャンセルし、3人で行くことになりました。実は3人ともほとんど北海道童貞&ライジングサン童貞だったので、事前に情報を得てワクワクしながら、その日を迎えることになるわけですが、いかんせん他人任せの3人組は北の大地での洗礼と、お盆休みという人混みで己の小ささを突きつけられることになるのでした・・・

 

8月11日

 一足先に夏休みを満喫していた僕は、北海道に前乗りしスープカレーや十勝の豚丼を楽しみ、ライジングサンの前日である11日にソイとボロンと合流を予定していました。僕たちは合流してからレンタカーを借りて、北海道を観光し、うまいもんを食い尽くそうと考えていました。しかし、基本ノープランの他人任せ野郎どもは、いつから借りていつ返すのかも決めていなかったので、前日か当日に借りればいいだろうとタカをくくっていたのです。そして、いざネットでレンタカー屋さんを調べてみると、案の定空車なし。思いっきりお盆の時期で、しかも11日は新しく国民の祝日に加わった山の日が立ちはだかり、もはや当然とも言える状況でした。

 自分たちのアホさ加減を恨み、なんで8月11日が山の日なんだドチクショウと八つ当たりしながら、現状をソイとボロンに伝え、3人で必死にレンタカーを探します。焦る気持ちと、すり減るiphoneの充電、レンタカーの検索条件を広げに広げ見つかったのが、タウンエーストラック。ハイエースのようなバンではなく、タウンエーストラック。ガチのあのトラックです。タウンエースガチトラックです。もうガッチガチのトラックです。テンションがおかしくなっていた3人はもはやトラックもありじゃねぇか?と、田舎道スイカを盗みに行こうじゃないか?と少し頭をよぎったのですが、さすがに長距離を移動することを考えて、冷静になり断念。

 結局10日はほとんどレンタカーの空車探しに明け暮れ、なんとかキャンセル待ちで乗用車を11日〜14日まで借りることができたのでした。ガチトラックで妥協しなくてよかった。

 

 レンタカーを空港でゲットし、ボロンとソイと合流します。二人とも始発の飛行機を予約したので、なんと前日からボロンは成田に、ソイは中部国際空港に一泊(漫画喫茶)して朝一で飛んできたのです。そのため、二人ともすでに疲れた様子でした。ボロンにいたっては、夏風邪を1週間以上もこじらせっぱなしで、咳が止まらず北海道のドンキでマスクを購入。さらによっぽど疲れて判断能力を失っていたのでしょう、ゴルゴ13ばりのサングラスとビートさえあればHipHopして来そうなキャップまで被って、完全防備?していました。もはや不審者。

 2人を乗せ、まずは腹ごしらえです。とりあえず登別温泉に行きたかったので、苫小牧から登別方面を目指し、途中で美味そうなものがあれば食べようということに。海沿いの下道を走ります。あんなにレンタカーもいっぱいだったのに、気持ちいいくらい道路は広々として空いていて、全開にした窓からは涼しい風が吹き込み、冷房いらず。晴れた空は高く、海はキラキラと光って、潮の匂いが風で運ばれてきます。等間隔に立つ高い電灯の上に、カモメが1羽ずつ止まって海の方を見ていました。あまりの気持ちよさにボロンは車の天井を見上げて、等間隔に呼吸していました。

 

 途中、白老牛というお肉を扱った、牧場直営のレストランに立ち寄りました。ネットで見た通り、お客さんはいっぱいで、店の外まで焼肉屋さんのあの食欲を掻き立てる匂いが漂ってきます。調理場ではデカイ肉の塊をカットしているのが見え、新鮮さを伺わせます。我先にと席に付き、メニューを見ると、「なるほどね」と思わず腕組みするレベルのお値段が。まぁ初日だしということで、いい感じに満足できて、かつドキドキしないレベルのカルビセットを注文します。

 炭火焼で冷房をつけていない(窓が開いている)店内は暑く、お客さんも多くなかなか運ばれてこない食事と、出入りの激しい虫に少し嫌になります。おまけにコンディションがよろしくないボロンもいて、なんとなく会話も弾みません。そんな中、やっとお肉が運ばれてきました。僕たちがよく行くような焼肉屋さんのお肉の色との違いに、ソイは動揺を隠せませんでいたが、腹ペコだったのでとにかく焼きにかかります。脂がいい感じに乗っていて、なんともいい匂い。栄養を摂るため、たっぷりニンニクを入れたタレにつけて食べると、柔らかく、かつ弾力のある肉の旨みが広がります。ソイの美味しいものを食べた時のバロメーターである、目の見開き具合は全開。まさに最高のお肉でした。待った甲斐があった。

 

 お腹が満たされた僕たちは次に、登別温泉に向かいました。登別温泉街には地獄谷と呼ばれる爆裂火口の跡があります。近づいただけで硫黄の臭いはしているのですが、地獄谷に入ると、もっと強烈な臭いがします。さらに至る所に湯気がたっていて、草木の生えていない山肌と、ブクブクと泡立つ間欠泉、そしてちょくちょく置かれる墓石が、地獄感を演出しています。ポケモンで言えば、ブーバーとかポニータとか居そう。

 地獄谷を巡り歩いた後に、日帰り温泉に行きます。日帰り温泉のできる旅館やホテルはいくつもあったのですが、適当にネットで見つけて入ります。温泉はもちろん硫黄のにおいがして、温度はアツアツです。露天風呂は涼しくて、ずっと入っていられました。

 

 さっぱりした後は、僕の運転にずっと文句を言っていたソイと運転を代わり、洞爺湖を目指します。本当はクマ牧場に行きたかったのですが17時くらいまでしかやっておらず、断念。洞爺湖に行く山道も、洞爺湖沿いの道路も空いていて、景色が最高です。洞爺湖を挟んで見える、富士山のような形をした大きな山があります。どうやら羊蹄山という名前の山らしいのですが、どれだけ進んでもずっと同じ大きさで、同じ存在感で、北海道の広さを改めて感じます。

 洞爺湖沿いに手作りジェラートが食べられる「レークヒル・ファーム」というお店があり、休憩します。広〜い芝の庭があり、ヤギが一匹だけ小屋の中にいます。夕暮れのオレンジ色の山と、洞爺湖の景色が綺麗でした。庭にサッカーボールやグローブが置いてあって自由に遊べたので、3人でキャッチボールをしました。はしゃぐおじさん達。気持ち良かった。ブルーベリークリームとラムレーズンのジェラートは濃厚で、今まで食べた中で最高のジェラートでした(今までそんなにジェラートを食べたわけではないですが)。

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 日が落ちる頃、回復してきたボロンと運転を代わり、小樽方面を目指して車を進めます。ライジングサンの会場は石狩なので、近づいていた方がいいだろうということになったのです。車窓から見える、沈みゆく太陽に目を細めながら、ふと「今日はどこ泊まるんだ」と誰ともなく口に出します。3人とも気付かなかった、いや考えないようにしていたのかもしれない、今日泊まる場所がないことを、、、

 無論、僕は車泊でも全然良かったのですが、ソイは断固ホテルを主張。今更調べても案の定ホテルはいっぱいです。空いていても、男3人には高すぎるところしかない。日はすっかり落ちて、星が輝き出し、街灯もない山道は、より星が綺麗です。楽観的なのか、アホなのか、ホテルは一旦置いておいて、腹が減りだしたボロンは小樽の美味しいお店を調べ始めます。ソイは「まず宿!」と主張し、僕は車泊でいい、全く噛み合わないまま車はどんどん進んでいきます。

 山道の途中で頻尿のソイとボロンは立ちションし、星を楽しみます。残りの運転は僕が運転をかって出て、峠を攻めます。ラストの上り坂は急激なS字カーブが続き、後部座席のソイはギャーギャーと騒ぎ、ボロンは面白がって動画を撮っていました。

 急カーブに差し掛かったところで、展望所の文字が目に入ります。僕はハンドルを切って、鋭く駐車場に入ると、ソイは「アアーーーッッッ!!!」と叫びました。後で聞くと、ソイは僕が急に死を選んで、山から落ちようとしたのだと感じて、死を覚悟したそうです。たどり着いた毛無山展望所は小樽市の夜景を一望でき、男3人で見るにはもったいないくらいの景色でした。

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 小樽市に着く頃には20時を過ぎていました。ボロンが見つけ出した、まだやっている美味しそうな店に突撃します。カウンター席だけのこぢんまりした店で、北海道のうまいものがメニューに並んでいます。どれも美味しそうだったのですが、牛トロ丼という写真がどうしても気になってそれを頼みます。

 ご飯の上に牛トロフレークと北海道の山わさびが乗っけられて、思わずかきこんでしまうほどの美味しさ。これがあれば7杯はイケる。満腹になるどころかさらに食欲が増してしまったので、蟹味噌のクリームパスタを注文します。濃厚な蟹味噌がパスタに絡んで最高です。残ったクリームをバケットに食べても、なお美味しい。ソイのお目々もパッチリ。最高のお店でした「しろくま食堂」

 

 満たされた空腹とは裏腹に、宿はありません。またも検索条件を広げに広げ、結局札幌市内のアパホテルをなんとか取ることができました。風邪がぶり返してきたボロンと、前日まん喫で過ごしたソイ、また翌日からのテント泊を見越せば、結果的に十分休めるホテルは正解でした。

 

8月12日

 ライジングサンは午後からスタートなので、午前中は必要なものを揃えるのと、市場で海鮮丼を食べることにしました。

 まずは道具の調達です。何度も言いますが他人任せアホ3人は寝袋を持ってきただけで、テントも銀マットもランタンもイスも何も持ってきていませんでした。星空の下、野宿すればいいだろうと旅人気取りだった僕たちも、北海道には虫がのびのびと至る所にいるということを実感したので、さすがにテントは欲しいということになりました。そのため天下のイオン様にて、簡易テントを買い、百均で電池式ランタンを3つ、虫除けスプレー、ボディーペーパー、保冷バック等、必要最低限のものを買い求め、さらに食料(カップ麺やおにぎりやお茶やポカリやお菓子)をゲットし、銀マット代わりにダンボールを調達しました。我ながら恐ろしいくらいの準備不足に、もはや笑えてきます。

 必要っぽいものを揃えたところで腹ごしらえです。どうしてもウニ丼を食べたかった僕たちは、「札幌市中央卸売市場」に行きました。市場というだけあって、出ているお店は活気があり、カニだの、イカだの、ホタテだの、イクラだのが並び、さらにトウモロコシや、メロンなどの試食もあって、ヨダレダーダー状態です。

 とりあえず海鮮丼屋さんに行き、我慢できなくなった僕はウニ丼とビールを頼みました。ウニ丼は言わずもがな、ソイは目が飛び出さんばかり(もう何食っても目見ひらくんちゃうか?)、さらにカニ汁は出汁がきいていて、カニの身もしっかり味があって沁みました。

 いよいよ満たされたところで、ライジングサンに向かいます。

 

 会場の駐車場に近づくにつれて、大渋滞です。北海道中の車がここに集まってると思うくらいに。2車線のうち、左側だけ空いていたので、渋滞を横目に空いている方をスーッと走っていくと、案の定、ライジングサンに向かう人は右側にいないといけないことが発覚。これは入れてもらわないといけない、、、やむをえない状況。非常に忍びないけれど、ここは行くしかない。これを入れさせてもらうのは、相当に面の皮が厚くないと申し訳なさで、耐えきれません。しかし、優しいクリーム色のラパンさんが譲ってくれました。運転していたソイの面の皮とラパン様のおかげで、なんとか列に加われました。ありがとうございます。

 安心するのも束の間、警備員に「駐車場の券を用意しといてください」と言われます。駐車場の券??チケットではなく、駐車場の券?そうです。ライジングサンの駐車場に車を止めるには券が必要なのです。そして当日発行などないのです。そういえば、駐車場の券どーする?みたいなことを今はなきタコが言ってたな、、、アホ3人はここでやっと自分たちのアホさ加減に気づくのでした。

 時すでに遅し、そもそもこの渋滞に並ぶ意味ももはやなし、なんならレンタカーもライジングサンの間意味なし。大誤算でした。ここまできたら、面の皮アツアツ大作戦で、せめて中まで入らせてもらって荷物だけ下すことにしました。

 駐車券の確認所にどんどん近づきます。警備員に駐車券を求められます。「チュウシャケン?」とそんな日本語知らん張りのすっとぼけをかましながら、面の皮アツアツでなんとか中に入って荷物だけ降ろさせてもらいました。荷物を降ろすのにも、警備員のプレッシャーがすごく、慌てて意味なしのキャリーケース3つまで降ろしてしまう始末。ソイはそのまま近くの駐車場まで行き車を止めることに。僕とボロンは大量の荷物を抱えてテントサイトまで歩く羽目に。結局ソイは10キロほど離れた手稲駅のパーキングに停め、電車で札幌駅に戻ってシャトルバスを利用。僕とボロンは場違いなキャリーケースを3つも引きずりながら、テントや食料やダンボールを抱えて、落としては拾い落としては拾い、砂と泥だらけになり、会場に入る前からくじけそうになりながら歩く。自業自得。アホです。周りは台車やらキャンプ道具を運ぶ用のカゴまで持って、悠々と行くのを羨ましく見ながら、パンパンの手さげバッグが自分の手に食い込む痛みに耐えながら、汗だくでテントサイトを目指すのでした。

 

 テントサイトについてみると、周りはもうすでにバッチリ、テントもタープもバーベキューセットも準備が整っている。そればかりか、オシャレな飾りまで装飾してあり、男女の楽しそうな笑い声や、美味しそうな肉の匂いが、至る所にあり、満身創痍の僕たちは、汗と一緒に涙を拭うのでした。

 とはいうものの、シャトルバスでなんとか会場にたどり着いたソイと合流し、簡易テントも立てて、ビールで乾杯したら元気になりました。

 いよいよライブのスタートです!

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続く

九州の旅の話 後編

こんにちは。カリです。

すっかり暑くなってきました。

海に行きたい。 

 

 

 九州の旅の話 前編では宮崎のことを書きました。今回は、熊本に行った話を書いていきます。

 

熊本の友人

 僕は熊本に住む友人の家に泊まらせてもらうことにしました。毎年と言って良いほどお邪魔しています。いつもお世話になります。

 友人は市内に一人暮らしをしています。市内と言っても、最寄り駅まで徒歩30分はかかるし、バスもそんなに出ていない。なので宮崎(そして岐阜)同様、車での移動が主です。

 駅まで迎えに来てもらって、ぐるっと市内をドライブします。地震の影響で道路が液状化したり、マンホールのところがボコッと出てしまったり、道がガタガタになってしまったそうですが、今はだいぶ整備はされていました。それでもまだ、ところどころで通行止めや工事中の箇所を目にします。また、屋根が剥がれブルーシートで補強している家や、壁が崩れ落ちている家、全壊している家もあり、あぁここで地震があったんだなぁと、当たり前だけど実感します。

 

 友人は震災当時も家に一人でいて、縦とか横とかわからないぐらい、とにかくグワングワンと揺れたそうです。パニックで何をしていいかわからず、ぼーっとしているとサイレンが聞こえてきたそうです。津波の警報です。それでも動き出せずにいると、上の階に住んでいた方が「大丈夫ですか」とノックをしてくれて、急いで車に乗って海とは反対側に走ります。しかし、みんなパニック状態で、大渋滞。全く進みません。そのうち反対車線にも車が流れ(津波が来ると思っているので、海の方に向かって走る車は一台もありませんので)、全車線で一斉に海から遠ざかるために走ったそうです。結果的に津波は来ませんでしたが(本当に良かった)、いざ津波の警報がなったら、冷静な判断が自分にできるか疑問です。

 1日目の地震後、少し落ち着いて家に帰った友人は念のため、水を大量に買っておいたそうです。その日のうちに、友人や知人から心配のメールや連絡が入って、ありがたかったと(しかし地震直後は電波が混線していて、繋がらなかったそう)。安心したのもつかの間、2日目に再び地震が起きます。部屋を片付けた直後の地震。恐怖と混乱です。その日から避難所での生活になったそうです。

 避難所(学校)での生活も、もちろん大変だったそうです。初日に配られた食料(夕食分)は大人一人当たり食パン4分の1。食パン4分の1!?おそらく初日ということもあり、食料の備蓄があるわけでもなく、今後の見通しもないため、少しずつだったんでしょうが、友人は驚いてました。その後、物資が送られてくるわけですが、避難所はたくさんあるし、交通手段も限られて、思うように行き渡るのが難しかったみたいです。

 また、水道が止められ、トイレなど衛生面での問題があったり(ノロウイルスが蔓延したところもありました)、お風呂に入れないという問題があったり、共同生活のストレスや、余震の恐怖もあったそうです。お風呂はスーパー銭湯などが開放されたそうですが、待ち時間が3時間とか。毎日入るのは諦めないといけません。コンビニや、ガソリンスタンドも渋滞と、買い占めで、大変なことになっていたそう。備えておくことってやっぱり大事ですね。

 それ以外にも、震災に乗じた火事場泥棒や性犯罪もあるそうでした。噂だけかと思っていましたが、実際に窃盗で捕まった人がニュースになっていたし(他県から来るのだから、なお腹立たしい!)、女性は一人で特に夜は出歩かないように注意喚起されていたそうです。

 

 友人は2週間ほど避難所で過ごしたそうですが、そこでのストレスもあるけど、一人になる方が怖い、とも話していました。余震もそうですが、また起きるんじゃないかという不安がついて回るそうです。

 そうは言っても、普通の生活もしないといけません(むしろ仕事をしている方が考えずに済むとも)。徐々にいつもの日常に戻っていってはいるようでした。何より無事でよかった。

 

市街地

 友人は仕事があったので、市街地をぶらっと一人で歩きました。ちょうど僕が行った1週間くらい前からデパートなど営業が再開されて、街は人で賑わっていました。観光に来る人も徐々に増えていたと思います。街のところどころには、「がんばろう熊本」という旗や、メッセージがお店の窓ガラスなどに貼ってあります。

 

 水前寺公園に行ってみたかったので、歩いていきます。水前寺公園は緑の芝生と、綺麗な水が流れていて、池の中にはたくさんの鯉が泳いでいます。観光客は多くなく、のんびり見て回ることができました。

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  それから、またブラブラと歩いていると、夏目漱石の第3旧居に着きました。夏目漱石は熊本にいる間(4年3ヶ月)、6回も転居したそうですが、そのうちの3番目の家です。観光地として知られる夏目漱石内坪井旧居は5番目に移り住んだ家ですが、震災の影響で休館になっていました。他の旧居も今は無かったり、入れなかったりで、第3旧居だけ特別に開放していました。

 たまたま見つけれてラッキーと思いながら入ってみると、誰もいない。中狭い。天井の低さとか、畳や柱の黒くなった感じが、時代を感じさせます。恐る恐る「お邪魔します」と靴を脱いで上がると、中から年配のおじさんが。どうやらこの建物の管理をしている方のようで、僕一人しかいなかったということもあり、いろいろとお話を聞かせていただきました。

 恥ずかしながら、僕は夏目漱石の作品は「こころ」「坊ちゃん」「草枕」くらいしか読んだことがありません。しかし、この第3旧居は「草枕」の取材旅行時に漱石が住んでいたそうで、「あ、知ってる」と思うところもあって、知ったかぶりをしながら「ほうほう」と話を聞いていました(笑)。

 それから隣の敷地には「ジェーンズ邸」がありました。しかし今はありません。2度目の大きな地震で全壊してしまいました。ブルーシートで覆ってありましたが、無残にもペチャンコになっていました。管理の人が「夜の地震で、人が誰もいなくて良かった」と。

 「ジェーンズ邸」は熊本の最初の西洋建築物で、県指定の重要文化財でもあったそうです。すでに建て直す方向で決まったそうですが、予算の関係や、復興に向けて優先すべき別のこともあるだろうから、まだいつになるかわからないとのことでした。

 

 夏目漱石の旧居を後にして、またブラブラ歩きます。熊本城まで行こうかなと、適当に歩いていると、すごい遠回りをしてしまい1時間半くらい歩いてました。

 熊本城はまだ震災の影響で立ち入りが禁止されています。しかし周囲を歩いて、熊本城を見上げている人も結構いました。僕も周囲をぐるっと回ってみましたが、石垣の所が大きく崩れていたり、熊本城の下にある建物が壊れていたり、そこでも地震の凄まじさを目にしました。

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 熊本市内も大きな被害がありましたが、やっぱり一番ひどかったのは益城町でしょう。車で通りかかると、全壊の家や、崩れかけた家がいたるところにあります。まだ避難所生活を続けている人も大勢います。少しずつ仮設住居ができているみたいですが、まだ時間はかかりそうでした。

 

 

三角西港とかき氷と駅中の焼きカレー

 友人とドライブがてら、天草方面に行きました。三角西港を通りかかり、少し車を止めます。三角西港にも古い西洋建築が建っていて、長い石積埠頭と水路は昨年世界文化遺産に登録されたそうです。そこから見える、島や、天草へ渡る橋の眺めも良かったです。

 

 少し行くと、小さなかき氷屋さんがあったので休憩しようと中に入ります。中から薄めのサングラスをかけた、ジャージ姿の少し胡散臭そうなおじさんが出てきます。「ハロー」と声をかけられ、友人と戸惑いながら天草ソフトクリーム(さくら味)とかき氷を注文します。持ち帰りでお願いすると「時間があるならここで食べていったら?サービスもできるし」と言われるので、それに応じると「オッケーオッケー」と。「さくら味ってさくら餅みたいなやつですか?」と聞くと「そうねー、さくら餅の葉っぱの部分もちゃんと細かく混ぜたものだよー、デリシャスねー」と。その後もルー大柴ばりの英語を織り交ぜながら、店の中の変わった置物だとか、骨董品や美術品の解説をしてくださいました。友人はずっと笑いをこらえていました。愛すべきかき氷屋さん、ありがとう。ちなみにかき氷に使っていた氷は、水も特注でゆっくり時間をかけて凍らせて作るそうで、フワフワのやつ。実はこだわったものをちゃんと提供しているのです(胡散臭いなんて思ってすみませんでした!)。ひんやりして美味しかったです。

 

 

 熊本駅でお土産を買おうと思い、駅の中にある「えきマチ1丁目」に行きます。熊本と言えば、馬刺しが有名でお土産によく買って帰るのですが、他にも辛子レンコンだとか、いきなり団子とか、ウニのとうふとか、ウニのチーズとか、美味しいものがたくさんあります。試食をたくさんしてしまいました。

 お腹が空いていたので、熊本ラーメンにしようか、海鮮丼にしようか、馬刺しにしようか迷っていると、焼きカレーの写真が目に飛び込んできました。なんかうまそう。インパクトすごい。店の名前は「Eki Dining そうせき kumamoto」。漱石さん、今回の熊本旅行ではご縁がありますね、とつぶやき入店します。

 野菜たっぷりと、熊本特産のあか牛を煮込んだカレー。その上にチーズと卵をのせて、オーブンで焼き上げたものです。チーズと卵のトロトロがカレーとよく合う。熱々でおいしかったです。

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終わりに

 友人たちが元気でよかった。九州はやっぱり良いところだ。帰りの飛行機で、ふと寂しくなります。 

 今度岐阜に来る時にお返しよう。そう思うのでした。

 

 僕のレポートでは十分伝えることができませんでしたが、まだまだ熊本は美味しいものたくさんありますよ。阿蘇山のソフトクリーム(甘くてクリーミー)、だご汁(野菜とかしいたけとか山の幸いっぱい)、熊本ラーメン(豚骨の濃厚さと、揚げニンニクやマー油のアクセント)、馬刺し(部位によって食感とか、甘みとかいろいろ。専用の甘めの醤油におろし生姜で食べると最高)、他にもいっぱい。海も山もあるので、新鮮なものも食べられます。ぜひ行ってみてください。

 

九州の旅の話 前編

こんにちは。カリです。 

 熊本の震災からもうすぐ2ヶ月が経とうとしています。今回は、九州に住む友人(宮崎と熊本)に会いに行ってきたので、そのお話を少し。

 熊本にはボランティアとか何らかの支援に行ったわけではありません。もともと震災前から遊びに行くと言っていて、震災からも連絡を取り続けていたので、心配だったのと約束を果たすために行きました。

 僕は岐阜出身なのですが、大学時代の友人に九州出身の人が多く(福岡、熊本、大分、宮崎)、年に1回か2回は遊びに行って、友人の実家を転々とし、いろんなところに連れて行ってもらうのです。

 なので九州は身近に感じるというか、好きな場所の一つです。自然は豊かだし、繁華街は楽しいし、料理はうまいし、温泉はいっぱいあるし、美人は多いし、いや本当に良いところなんですよ。しかも県民性なのかわかりませんが、みなさんもてなしの精神がすごい。九州に行くと空腹の時間を与えられないくらい、いろんなものを食わせてくる笑。全部おいしい。そしてみんな大酒飲み。僕はお酒を飲むのは好きだけど、弱い。友人の80歳過ぎのおじいちゃんに付き合って飲んでたら、僕の方が余裕でダウンし、友人宅のトイレでリバースするという粗相してしまったこともありました(なお、おじいちゃんは焼酎をひたすら飲んで、何事もなく部屋に戻って行きました)。

 そんな大好きな地、人が住む場所、九州を今回は紹介しがてら、旅のレポートを綴っていきたいと思います。

 

出発

 今回は4泊5日の予定でしたが、前日まで準備をしておらず、夜慌てて着替え等をバッグに詰め込みます。暑いからTシャツ一枚あればいいかと思いましたが、念のため上着を。南の方だから、さぞ暑いだろうと思いがちですが、夏などはカラッとしていて、愛知、岐阜より涼しかったりします。あとは、移動時間などを有効に使うためにMacを詰め込み、本も持って行きます(一人で旅行に行く時に本を読むのが好きなのです)。そして飛行機のチケットの確認。僕はだいたい格安航空で九州に行くのですが、今回もジェットスターのセールを利用し、往復8000円弱で行きました。本当に安くなりました。

 中部国際空港から福岡まで行き、そこから宮崎(高速バス2500円)に向かいます。当初の予定では、昼頃に福岡に着き、軽くラーメンでも食べようかと思っていたのですが、飛行機の整備不良によって1時間半の足止め。ナンテコッタ。まぁ仕方ないでしょう。安全に行ってもらうことが一番ですので。結局セントレアでおにぎりを一つ食べて、友人へのお土産を買いました(名古屋の手羽先1300円)。

 なんだかんだで、福岡に着いてすぐにバスに乗り換えです。博多駅から宮崎まで4時間もかかる。同じ九州でもこんなに遠いのか(後で名古屋から直接宮崎空港に行けばよかったのではないか、と後悔しました。泣)。

 

福岡のエピソード

 今回は福岡は素通りしてしまったのですが、いつもは福岡には絶対に泊まります。せっかくですので、福岡でのエピソードに触れます。

 福岡には博多と、行橋市に友人がいて、いつもその実家に泊めてもらいます。博多に行く時は、やっぱり屋台に行くべきでしょう。ずらっと並んだ屋台、どこに入るか迷うかもしれませんが、とりあえず入ってしまえばいいのです。屋台は狭いので、他のお客さんと詰めあって座ります。なので自然と「どこから来たんですか?」なんて話をすることになったりします。僕の友人はそこで知り合った常連さんと店主と仲良くなって、スノボに行ってました(笑)。料理ももちろん美味しいです。シメに食べた焼きラーメンは本当に美味しかった。

 美味しいものは他にもあります。友人の実家に泊まった翌日の朝は、明太子や高菜がだいたい並ぶし(お酒をたらふく飲んだ次の朝でもうまい)、甘い玉子焼きとウインナーと味噌汁とか並ぶと、無限に食べ続けてしまう。

 海の幸も美味しいです。昨年の12月に行橋の友人宅に泊めていただいたのですが、海がすぐそばにあって、例のもてなしの精神からか、牡蠣を山盛り用意してくれました(冗談抜きでゴミ袋2杯分くらいあって、当然食べきれませんでした)。実は僕は牡蠣が苦手だったのですが、その牡蠣はうますぎて10個以上は食べてしまいました。

 お酒も常にストックしていて、次から次へと出てきます。「これは近所の○○さんから頂いたやつ」「あのお土産にもらった梅酒あったやろ」「これ屋久島の焼酎なんだけど、、、」と、出るわ出るわ。九州の人は何かとお酒をプレゼントし合うのかもしれませんね。

 

 美味しいものだけでなく、天神やキャナルシティでのショッピングや水族館や福岡タワーも有名ですね。中州の繁華街で飲み歩くのもいいですね。あと太宰府天満宮には、何かの試験とかを控えてる時は、個人的に行くようにしてます。学問の神様(菅原道真)が祀られているので。信仰深いわけではありませんが、何となく身が引き締まる気がします。ゲン担ぎ。

 

 あとお土産の充実がすごい。お土産は職場の人や知人や家族に買って帰るものですが、僕が食べたいので買って帰ることもあります(笑)。僕が好きなのは、通りもんと明太子と努努鷄(ゆめゆめどり、唐揚げです)とめんべい(明太子のせんべい)と、、、とにかくいっぱい美味しいものがある。結局また食べ物の話になってしまった。

 

宮崎

 宮崎に到着したのは20時過ぎでした。おにぎりしか食べていなかったので、お腹ペコペコ。とりあえず、チキン南蛮、地鶏、マンゴー、、、そしてビールが飲みたい。友人に駅まで迎えに来てもらい、オススメの居酒屋まで直行です。

 木曜日の夜にもかかわらず、連れて行ってもらった居酒屋はほとんど満席でした。店に入ると、すぐに全体が見えてしまう程の広くはないところで、座敷に敷居なく座る。地元の人たちが飲みにくるような雰囲気で、店の主人とお客さんもおしゃべりしている。にぎやかな店内。

 とりあえずビールで乾杯し、早速チキン南蛮と地鶏、本日のオススメのタコの刺身を注文します。メニューは800円前後で、少し高め?と感じましたが、「量がすごいから」と友人。込み合っているせいか料理はなかなか来ませんが、久しぶりの再会に話は弾み、気にならず。そして運ばれてくる料理は、なるほど本当にボリューミー。追加で注文する余裕がないほど出てきました。

 タコの刺身は新鮮でプリプリ。地鶏はハンバーグ屋さんとかに使う鉄皿の上に山盛りに乗っていて、なかなかのインパクト。食感はコリコリしていて、おろしポン酢の味付けを注文しましたが、さっぱりしていて美味しかったです。そして、チキン南蛮はお肉が柔らかくてジューシー。特製のタルタルソースは、想像と違って粒がなくトロッとしていて、甘みと酸味が効いていて、癖になるやつ。ご飯が食べたくなるやつでした。

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 ほろ酔い気分でお店を出て、代行タクシーで帰ります。宮崎は電車が少なく、車社会だそうです(九州新幹線も宮崎は通っていなかった)。友人も宮崎に転勤して車を買ったそうです。

 家に着いたのは深夜0時を過ぎていました。翌日には熊本に行く予定だったので、宮崎観光はほとんどできない、、、こんなスケジュールにしてしまった自分に悔やみます。しかし、友人が仕事を午前中休みを取ってくれたそうで、朝一で出かけることに。友よ、ありがとう。

 

海沿いのドライブとフェニックスと青島と

 朝5時に目を覚まし、青島に向けてドライブです。気持ち良く晴れ、早朝なので車もほとんどなく、ついつい飛ばしてしまいます。車を走らせていると、昨日はあまり気づかなかったけど、いたるところに南国を思わせる長ーいヤシの木が立っています。等間隔に道路沿いや、海沿い、本当にいっぱい立っていて、ここはハワイかどこかか?と思えてきます。友人は「これがフェニックスだよ」と。フェニックス?あの不死鳥の?調べると、南国を代表する木、カナリーヤシのことを日本では(宮崎では?)一般的にフェニックスと呼ばれているそうです。

 

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 30分も走らせていると、青島が見えてきます。駐車場に車を停め、歩いて海の方へ行きます。観光スポットだけあってお店が並んでいますが、朝7時前ということでどこも空いていません。でも静かでとても落ち着きます。お店の外装とか、海沿いの雰囲気も南国感がすごい。改めて、ハワイを感じます(ハワイ行ったことないけど)。

 青島につづく橋を渡りながら海を除き込むと、透き通っていて綺麗です。潮が引いていて、ゴツゴツ出ている岩や、砂には、ところどころ穴が空いています。よく見るとそこには大量のカニが。近づくと穴に引っ込んで、そして離れるとまた出てくる。なんか可愛くて、面白いです。

 青島は鬼の洗濯板が有名です。なんだか恐ろしそうな名前です。これは水面上に広がる珍しい岩のことで、波や海水に侵食されて、洗濯板を思わせるような形状になったそうです。干潮時にはこれが、100メートルほど現れるそうで、国の天然記念物にも指定されています。僕らが行った時も、だいぶ遠くまで見えて、歩いてみるとツルツル滑って少し危ない。でも、なんだか海の上を進んでいくようなそんな感じです。

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 青島には青島神社という縁結びで有名な神社があります(男二人で来たくはなかった)。神社には縁結びにちなんだ、お守りや、五円(ご縁)用の御賽銭箱や、人型?の紙を結びつけるやつとか、いろいろありました。

 運試しとばかりに、おみくじを引くと、なんと大吉。いい出会いが待っているのかもしれない。

 青島ではレンタルサイクルもしていて、自転車で周辺を回ることもできます。のんびり辺りを走らせるのも、気持ちいいだろうなと思いました。

 

 青島を出て、海沿いを再び走ります。相変わらずフェニックスは茂っていて、太陽もだいぶ高く登っています。堀切峠と道の駅フェニックスに寄り道して、海を見渡しながら芝生で横になりました。だいぶ日が照ってきて、もう昼くらいかと思いきや、まだ8時30分。少しのんびりしてから家に戻りました。 

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 本当はまだまだ行ってみたいところはたくさんあったし(シーガイアとか、モアイ像とか)、もっとのんびりしたかった。サーファーもいっぱいいるし、ヤシの木もいっぱいあるし、本当に南国みたいでした。

 宮崎はあれこれ観光するのに忙しくスケジュールを立てるよりも、のんびり日光浴でもしながら過ごすのもいいかもしれないと思いました。宮崎は日本のハワイ。また行きます。

 

熊本の話は後編で

ライブハウス&カフェ・バー 経営会議 2

 

こんにちは。カリです。

 家の玄関先に、ツバメが巣を作っていました。せっせとくちばしで、泥を運んではくっつけ、運んではくっつけ、時々僕と目が合うと少し警戒しながら。

ツバメの巣ができると、ツバメのフンに悩まされるとありましたが、実は縁起の良いことらしいのです。商売繁盛とか、子宝に恵まれるとか。なのでライブハウス・カフェ・バーの成功を祈って、見守ることにしました。それにツバメがコツコツと頑張っている様子を見ると応援したくもなりましたので。

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 前回の見積りから、実際にライブハウス&カフェバーの内装や防音の工事の着工前に決めなければいけないことがわかってきたので、それについて話し合いました。その内容についてまとめていきたいと思います。

 

決めなければいけないこと

その① 提供するメニュー

 なぜメニューなのか。メニューは出来上がってから、いくらでも考えられるではないか。後からメニューを追加したり、変更したり、どうにでもなると思われがちですが、そうではありません。提供するメニューによって必要とする厨房機器が異なります。たこ焼きをするならタコ焼き機が必要だし、焼肉をするなら専用の機械が必要だし、空調の種類も異なります。メニューがお店の方向性を示すと言っても過言ではありません。

 しかし、僕らはあくまでライブハウスであるということ、そして何と言っても店舗が狭いということ、この点を考慮してメニューを考えなければいけません。「やりたいことと、できること」ここがポイントです。

 

 ではまずライブハウスであるという視点から考えた場合。僕らのライブハウスは、狭いので、基本立ち見席になるかと思います。ずっと立たされるのは辛いので、ちょっと腰掛けられるような工夫をしようと考えていますが、ゆっくり座って飲食ということはできないと思います。アルコール類、ドリンクは提供するので、できたらライブ中でもつまめるもの、持ち運びが可能なもの、そういった料理になるでしょうか。

 

 次に店舗が狭いという点。これに関してはどうしようもないです。全体の面積が決まっている中で、厨房のスペースを広く取ればホールは狭くなるし、ステージの事も考えればもっと狭くなってしまう。できるだけ厨房をコンパクトにして、少しでもホールを広く使いたい。そうなってくると、コンロを2つ置いて、フライヤーを置いて、大きい冷蔵庫、ビアサーバー、、、みたいに好きなだけ設置することはできません。そのためメニューを絞って、使用する厨房機器を一つだけ置くという感じが現実的でしょう。

 また、冷蔵庫や製氷機、2層シンクなども業務用にこだわらず、コンパクトなもの(家庭用でも条件を満たしていれば営業許可はおります)を選ぶのが良いでしょう。

 

 以上の2点を考慮した上で、メニューを考えます。ここまで限定されると、ほとんどないんじゃないの?と思いますが、きっとあるはずです。なんなら新メニューを考える勢いで、検討しなければいけません。そして、大事なこととして、「やりたいこと」という面を忘れてはいけません。キーワードは「やりたいことと、できること」です。

 また、ライブハウス以外でも、日中にカフェとしてちょっとした場を提供したい、などと欲張りにも考えているので、そこも頭の片隅に。

 今のところ出てきた意見としては

・たこ焼き

・串カツ

・おでん

・かき氷

 ・カレーライス

 おでんとかき氷が面白そうかなという話になりましたが、まだ決定には至らず。今後も検討しなければいけない。

 もし、こういうの良いんじゃない?っていう発想があったら、コメントしてもらえると嬉しいです。笑

 

その② 店舗のレイアウト

  厨房機器に関しての話でも触れましたが、何と言っても店が狭い。せいぜい40㎡程度の大きさです。この中にライブハウスとして必須なものをあげて、どんな配置にするべきか、何を置きたいか、を考えなければいけません。ここがしっかりしてないと、見積りの詳細も頼めないわけですから。

 

 ライブハウスとして必要なもの、設置したいもの

・ステージ

PA機材を設置する場所

・アンプ、モニター等の機材

・照明

・ドリンクを提供するので、カウンターのテーブル

・腰掛けられるもの(イス)

・ドリンク用の冷蔵庫、製氷機

・食器棚

・受付

 こんなところでしょうか。これにプラスして厨房機器類になってくるわけです。

 できなくはない。できなくはないけど、少しでも広く、何かいい方法はないのか。考えあぐねた結果、ソイが悪魔的発想を展開します。それは1階を利用すること、、、

 

1階の利用方法

 1階は家主さんが住んでいます。しかし居住空間とは別のところに、地下への入り口があり、その入り口にはちょっとしたスペースがあります。実はそこにトイレもあります。このスペースを利用するということです。ナイスひらめき、まさにノーマーク。ノーマークすぎて、広さもそんなに覚えてないし、家主さんにも言ってない。でももしここを利用できれば、、、とワクワクします。

 この1階の入り口から地下につながるスペースと、階段の踊り場を使って、受付や、ちょっとした厨房機器を置ければ、地下は丸々ライブハウスのホールとして活用できます。

 しかも1階の入り口に店を構えることで、わかりやすく、宣伝にもなる。テイクアウトとしての提供もできる。また、店先にベンチでも置いて、ちょっとゆっくりしてもらえる場があっても良い。よく時代劇に出てくる、茶屋みたいな感じで。

 一気にそんな空想が広がります。どちらにしても、もう一度確認が必要です。1階を利用して良いのか、広さがどれくらいだったか等々。

 

 

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 今後も会議を重ねて、メニューを決め、レイアウトを決め、決めることがたくさんあります。

  走り出した、足が止まらない〜。行け〜行け〜♪

ライブハウスの見積り 1

こんにちわ。カリです。

6月に入ってしまいました。2016年も半分が過ぎようとしています。

早い、、、歳を追うごとに体感速度が上がっていく。

漠然とした焦りがある今日この頃です。

 

 

待ちに待った、業者に依頼していたライブハウスの見積りが届きました。僕たちの夢に向けての具体的な道筋が少し見えたので、報告したいと思います。

 

見積りが届くまで

 見積りを依頼したのは4月28日。ちょうどGWに入る前でした。すぐに長期連休に入ってしまったので、まぁ見積りが届くのは最低でもGW明け、もしくはGW明けてから見積りに取り掛かったとしても5月の中旬くらいには届くだろうと、そわそわしながら待っていましたが、待てど暮らせど届かない。もしかして忘れられてる、、、?

 依頼主が28歳の若造で、お金持ってなさそうだし、本当に着工するのかもわからないようなやつだから、後回しにしとけーで、忘れられたのか?連絡した方がいいのかな?と気にしていると、業者さんの方からメールが。遅くなっているお詫びと、いつ頃にできそうだという内容。よかった。忘れられてたわけじゃないんだーと安心し、もう少し待つことに。そして依頼から1ヶ月が経とうとしていた時に、見積書がメールにて届きました!

 見積りを作成する期間の相場がわからないのでなんとも言えないませんが(今後また別の業者に依頼しているので、比較したいと思います)、余裕を持った方が良さそうですね。僕たちはライブハウスの開店予定日(ケツ)を決めていないので、いつまでにやらないと困るということはないからいいけど、開店までのスケジュールを立てて行う場合は気にした方が良いですね。特に複数の建築業者に依頼して、見積りを比較したいという場合はさらに余裕を持つか、同時並行で依頼しないと時間がかかる。また見積りも一発で納得のいくものが届くとも限らないので、まぁとにかく何事も余裕を持つことが大事ですね。

 僕たちの場合は、費用がどれくらいか全く見当もつかない状態で、出せるお金が限られている(少ない泣)。なので、とにかく大まかな目安が欲しい、その金額でこのまま進めていくことができそうか、漠然でもわかればいいと思い依頼しました。

 

見積り内容

 僕たちが依頼した見積り内容は

・店舗の内装工事(壁、床、天井など)

・防音の工事

・電気、水道を通す工事

・空調、換気

・ステージ、照明

といったところでしょうか。

 

 では、実際に届いた見積りの内容を見てみましょう。

・仮設工事・・・・・・・・・・115,000

・既設工事・清掃・片付けーーー200,000

・左官工事・CB積  ・・・・・・242,400

・大工工事ーーーーーーーーーー415,600

・内装工事・・・・・・・・・・110,350

塗装工事ーーーーーーーーーー100,000

・給排水設備工事・・・・・・・300,000

・電気設備工事ーーーーーーーー800,000

・空調工事・・・・・・・・・・790,000

・現場経費ーーーーーーーーーー250,000

・企画設計・・・・・・・・・・200,000

・諸経費ーーーーーーーーーーー120,000

 

小計 3,643,350 消費税 291,468

合計 3,934,818(円)

 

 ふむふむ。いろいろ疑問はあるけれど、まずは合計を見てみましょう。

 400万以内。これは僕らの予算の範囲内。これでまず一安心。ここで、んー千万円とか出されたら、もうおしまいなので。

 全体で見てみると、なんか、ざっくり?もっと詳細なものかと思ってたら、大雑把。業者さんからも、「ざっくりですみません」と。やっぱり適当にされてる?さらに防音工事が含まれていない?これ大丈夫か?と不安になってきたので、早速業者さんに連絡を入れ、一度お話ししたいとアポを取り、三日後に店舗の方で家主さん含めてお会いしました。

 

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店舗での話し合い

 僕が行くとすでに例のスタイリッシュな業者さんが待っていて、玄関のところで建物の全体?水道とか電気のとこ?を見ていました。挨拶をして、前回できなかった名刺を交換します。家主さんも合流し、早速中の方に。

 まず、防音工事の費用については、やはり見積りに入れるのを忘れていたとのことで、再度お願いをしました。店舗は地下ということ、元ボイラー室でコンクリートに囲まれていること、また狭いということもあり、それほど費用はかからないだろうということでした。でも防音が一番肝心と言っても良いくらい大事。そこを強調すると、もっと調べてみますと言ってくれました。

 防音工事の内容は、穴をブロックとコンクリートで塞ぐこと。天井のむき出しになってる鉄板部分をコンクリートで埋める。扉にゴム等をつけ気密性を高める。などを予定します。吸音材などを設置した方が良いものかと素人ながら考えていましたが、構造上、反響音がほとんどなく、あまり必要ではないのかもしれません。

 一番気になるのは1階に住んでいる家主さんへの配慮。工事が済んでから、やっぱり音がうるさいとなっては困るので、よく話し合う必要があります。

 

 次に水道工事です。ライブハウスだけなら必要ないかもしれませんが、僕たちはカフェ・バーとしても営業したいので、水道を通すことは必須です。水道は地下水か水道水かのパターンがありますが、地下水ですと飲食店営業許可を得るには、水質検査でクリアするための装置が必要になります。なので僕たちは水道水にしようと思います。また家主さんとメーターを分けるために、新たに水道を引いてきて、水道局に依頼しメーターを設置しなければいけません(家主さんは地下水を利用しているので、どちらにしても水道工事は必要です)。こちらも見積りとは別に、高く見積もって50万くらいかかるかもと言われました。

 僕らは水道を地下、もしくは1階に設ける予定ですが、これが2階以上になると水のポンプアップが必要になるそうで、費用も変わってくると思います。

 電気も水道同様、家主さんと別のメーターを設けます。電信柱から引いてくるやつです。

 水道と電気に関しては、建築業者から、水道局だとか別の業者に依頼することになるそうで、細かい見積りはその依頼する業者にお願いすることになります。つまり僕らは建築業者に依頼、建築業者は水道局等に依頼、というわけです。こうなってくると見積りに費用が発生するそうです。理由は、建築業者への直接の依頼は無料ですが、建築業者から他の業者に見積もりを依頼して(つまり仕事を頼んで)、その上でやはり着工しませんでしたということになっても、他の業者に多少の金額(見積りを行った経費)を支払うことになるからだそうです。なのでさらに細かい見積りを行う場合は、具体的に詳細を決めてから依頼した方が良いと思います。なお工事を着工すれば見積り費用は発生しません。

 

 空調・換気については、すでにある穴(ボイラー室だった時の排気口等)を利用し、吸気口・排気口を設置します。防音の対策で気密性を高めるため、換気も重要です。吸気口・排気口から音が漏れることも考えられますが、フィルターを重ねるなど工夫する必要がありそうです。

 エアコンは、広さに関してはそれほどの馬力は必要なさそうですが、気密性のことや、ライブハウスとしてもし人がいっぱいになったりしたら(希望的観測)暑くなるので、余裕を持った馬力設定にした方が良さそうです。

 

 床はコンクリートをうってもらいますが、ステージに関しては、自分たちでやれそうなので、削ろうかと思います。照明はレールを設置してもらい、スポットライト位置を動かせるようにしてもらいます。

 他にも自分たちでできそうなことは、どんどん削ってもらうのが良いでしょう。業者さんも嫌な顔はしませんし、それを勧めてくれます。

 

 厨房に関して、レイアウトを含めてもっと細かい話を進めるには、具体的なメニュー(必要となる厨房機器が変わってきます)や、想定する客数、客層、なども考えないといけません。ここにきて具体的に、次に何を決めるべきかわかってきた気がします。

 メニュー、客数、客層、客単価、回転率、そういったことも含めて考える必要があると実感しました(遅いくらいです笑)。

 

 以上のことから、ざっくりした見積りしかできないのは、僕たち自身がざっくりとしか考えていなかったことが原因。まぁ全く見当もつかなかったところから、少し見えてきたというだけでも良しとします。

 また予想はしていましたが、金額は見積り以上になると考えておくべきです。僕たちの場合は、防音費用、水道・電気の費用を上乗せされるだろうし、厨房機器や音楽の機材、什器を揃える必要もある。さらに運転資金も考えなければいけません。

 もっとも上乗せばかりではありません。僕たちには建築関係に携わる知り合いがいるので、専門的なことは依頼して、自分たちのできることはどんどん削る。もう最低限くらいまで。そうすればもう少し金額を抑えられると思います。

 やることは山積みです。まずはメニューを決めなければ。そして自分たちで店のレイアウトを作ること。他にもマスト課題を立てて、一つ一つクリアしていかなければならないでしょう。

 今後は経営会議を重ね、他の業者にも見積りを依頼する予定です。乞うご期待。

 

GREENROOM FESTIVAL 2016 と東京・横浜の旅の話 後編

こんにちわ。カリです。

昨日に引き続き、GREENROOM FESTIVAL 2016に行ったお話を書いていきます。

GREENROOM FESTIVAL 2016とは横浜、赤レンガ倉庫で行われる音楽フェスで、先日5月21日、22日に行われました。2005年から毎年行われており、今年で12回目の開催だそうです。

 

ライブスタート

 僕たちは予定通りメインステージのスタートを飾る『LIFE IS GROOVE』を見に行きました。LIFE IS GROOVEはRIZEのベーシストでもあるKenKenと、さんまのからくりTVで一躍天才ギター少年として有名になった山岸竜之介、そしてあのムッシュかまやつ(77歳)で結成されたバンドです。

 人もまばらだった会場が、メンバーの登場で沸き立っていきます。KenKenはビール片手に登場し、ほろ酔い気分?気持ち良さげに「乾杯!」と会場を盛り上げます。生で見るのは初めてでしたが、こんなに大きかったっけ?貫禄というか、少しお腹周りにお肉が、、、と少し気になりましたが、ベースの響きはやっぱり凄かったです。ベースを弾きながらメンバーに合図を送り、動き回り、指揮者のようにまとめていくのが印象的で、これはKenKenのバンドだなぁと感じました。ソロもベンベンベンベンと手がすごい速さで動いて、ベースを叩く叩く。握力とかも凄そーとか思いながら見ていました。

 竜之介君も当然ですが、素晴らしい演奏でした。幼稚園の頃からギターを弾いて、プロのミュージシャンに囲まれ、若干17歳で見事に大舞台で演奏している。すごい楽しそう。もうなんか羨ましい。僕が17歳の頃なんて、将来どうするかなーと考えながらも卓球に明け暮れた毎日でしたよ。ギターソロのテクニックもさすがでした。ギターを担ぎ上げて、頭の後ろで弾くジミヘンみたいなパフォーマンスで会場を盛り上げてました。少し気になったのが、音のバランス。ベースはガンガンに聞こえてたんだけど、ギターが物足りなく感じてしまいました。もったいないー。

 他にもサポートメンバーの中に、SOIL&"PIMP"SESSIONSのタブゾンビ(トランペット担当)がいたり、あとは名前がわからないけれど、皆さん素晴らしかったです。

 ただムッシュかまやつは体調不良(KenKenは人造人間?に改造中だと言っておりました笑)とのことで、声だけ(録音)の出演だったのが残念でした。でも77歳で現役でロックバンドをやってるってだけでもすごいですね。

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 終わってみると、まばらだった会場にはだいぶ人が集まっていて、まだまだ増え続けていました。お昼時というのもあり、飲食の出店には長蛇の列。とても並ぶ気にはなれませんでした。

 

 僕らは次のメインステージ『在日ファンク』を見たかったので、始まるまで少し休憩を挟みます。休憩の間メンバーがセッティングに現れ、お試しで一曲。すでに人が大勢集まっています。

 在日ファンクは、俳優としても活躍しているハマケンこと浜野謙太が率いるファンクバンド。ノリの良い音楽とハマケンのコミカルな動きと面白いMCに飽きることなし!ハマケンだけでなく、メンバーもキャラクターが立ってて、個性的なバンドです。見ている側も自然と体が揺れてきて、『爆弾こわい(曲名)』の歌では「ふっ飛べー、やっぱふっ飛ぶなー」に合わせて、みんな指を右にやったり左にやったり、一体感が凄かった。「ふっ飛べー、やっぱふっ飛ぶなー」のリズムと響きは後に残る。

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 日差しもだいぶきつくなってきて、休憩ついでに赤レンガ内を回ることにしました。なお赤レンガ内にもステージがいくつかあって、そのうちの一つに金子ノブアキ(KenKenの実兄で、RIZEのドラマー)が出演していました。時間的に見に行けそうだったので、そちらに向かうとすごい行列。スタッフの「入場規制のため入れない可能性があります」という声も聞こえてきて、全然進まない行列を前に諦めました。そうこうしている間に、次に見たかった『サニーデイ・サービス』が始まる時間になってきました。特にソイはこのバンドを楽しみにしていたので、先に会場に戻り、僕とボロンは赤レンガで昼食のオムライスとカレーを買うためにお店に行きました。ソイのためにロールタコスを買いましたが、細い細いもので、ソイの空腹を満たすことはできないのでした。

 

 サニーデイ・サービスは遠目から少し見て、次のSOIL&"PIMP"SESSIONSまでにお手洗いに向かいました。トイレは赤レンガにもともとあるものと、仮設トイレが設置されていて、多少並びましたがそれほど混雑していませんでした(男性用は)。女性用はやはり混雑が激しかったです。男女兼用の仮設トイレもあって、「別に気にしないわ」という方や「漏れそうでそれどころではない」という方は、そちらの方が並ぶ時間は少ないかと思われました。ただしトイレ内は暑さと臭いが気になりますが。

 

 お手洗いを済ませ、改めてタイムテーブルを見るとSOIL&"PIMP"SESSIONSと同じ時間に『Yogee New Waves』が3つ目のステージで行われる予定でした。僕は『森、道、市場』でこのバンドを知って、少し気になっていたのでどちらを観ようか迷いました。

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 迷った挙句、Yogee New Wavesを触りだけ見ることにして、僕だけ3つ目のステージ『HUMMING BIRD』に向かいます。こちらはステージの前に芝生があり、みんな敷物を敷いて座って演奏が始まるのを待っています。セッティングが始まるにつれ、人がどんどん増えていき、始まる頃には飲食のスペースにまで人がいました。

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 Yogee New Wavesは2013年に結成されたばかりのバンドで、メンバーも若い。「都会におけるPOPの進化」をテーマに活動しているとのこと。結成して間もないのに、サマソニフジロックの公募枠で結果を残しており、今後注目されるであろうバンドです。なんでもボーカルの角館健吾は東京生まれ東京育ちで、見た目からもシティなオーラ?を放ち、オシャレさが前面に出ている。曲もなんかオシャレ。ついでにオーディエンスもオシャレで、女の子の割合多し。

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 ただオシャレなだけでなく、もちろん実力も十分。今後も野外フェスには引っ張りだこになるのではないでしょうか。

 

 

 ついつい2、3曲聴いてしまい、急いでSOIL&"PIMP"SESSIONSのメインステージへ向かいます。会場はすでに超満員の大盛り上がり。

 SOIL&"PIMP"SESSIONSはジャズバンドで、メンバーそれぞれ奇抜なファッションと、見劣りしない演奏で盛り上げます。特にサックスのソロは強烈で、顔を真っ赤にして吹き続けます。どれだけ息が続くんだ、肺活量凄すぎです。ソロが終わると今度は酸素ボンベですごい勢いで充電してました。サックスだけでなく、安定したリズムとそれぞれのパートで見せるソロは圧巻です。生で見ないと損です。

 SOIL&"PIMP"SESSIONSは椎名林檎と共演したり、様々なアーティストのステージにも参加しています。気づけばどこかにいるのかも。

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 SOIL&"PIMP"SESSIONSが終わる頃には17時を過ぎていて、夕暮れ時になっていました。最近は日が落ちるのを実感しながら、綺麗な夕日を眺めます。さすがに疲れてきた人も多く、僕らの荷物を置いていた場所の周りには、座ったり寝転んだりしている人だらけでした。気持ちのいい天気。

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 次もメインステージ付近で座っていると、続々と人が集まってきます。すごい数です。今日イチの人かもしれません。

 『RIP SLYME』です。登場前から圧倒的集客。巷で話題のパーリーピーポーなる方々も集まってきます。露出激しめのお姉さんも、タトゥーでキマってるお兄さんも、ギャルも家族もおじさんもみんなみんな集まってきます。

 始まる前の音楽がやみ、一度シーンとなってから、どっとするすごい歓声と叫び声の中、ご本人登場です。僕らが中学、高校時代にメジャーデビューをしたRIP SLYME。今やメンバーは40越えのおじさんたち、老いてもやむなし、かと思いきや全くもって衰えを感じさせない。むしろ大人の色気を身にまとって、向かう所敵なし状態。会場を沸かせる天才か。RYO-Zは饒舌、SU低音ボイスで歌えば後ろのギャルたちは騒ぐ騒ぐ、ILMARIはイケメンだし、PESのラップは小気味いいです。

 日が落ちる頃、ムードたっぷりに『One』のイントロが流れた時は、思わずじわじわくるものがありました。他にも『楽園ベイべー』『熱帯夜』『JOINT』など知ってる曲ばっかりで、テンションが上がりっぱなしでした。

 途中でゲストとして、なんとハマケンが登場。『JUMP』の曲に合わせて文字通り、みんなJUMPし、ハマケンはコミカルにダンス。ファンクとヒップホップの融合ですね。楽しかったなー。

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 すっかり日が暮れて、ステージライトや飾りに照明が灯り、なんともオシャレに照らしてくれます。みなとみらいのホテルや観覧車も綺麗です。

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 RIP SLIMEの熱も冷めやらないまま、セカンドステージで『SPECIAL OTHERS』のライブが始まります。みんな揃って大移動。すごい混雑です。

 疲労のピークに達していた僕たちは、流れに乗りきれず、端に追いやられて休憩します。そしてポツポツと雨が降ってきます。僕たちが見たかったアーティストは全部見て、残すところトリの『rodrigo y gabriela』というメキシコの二人組のアコースティックギター奏者だけでした。空腹と疲れと冷え込みにより、ソイとボロンは「スペアザが終わって混みだす前に帰ろう」と提案します。ですが僕はせっかく来たので、最後のトリを少しだけでも聴いていこうと二人を説得。それでも空腹によって亀田興毅になりつつあるソイと、上着もなく震えだすボロンは、帰りたいオーラ満載です。

 なんとかだましだまし、rodrigo y gabrielaの時間まで粘りましたが、なかなか出てこない。入場曲?だけが流れ続けて10分。募る苛立ち、強まる雨、帰り始める人、、、もう限界だ。そう思いかけた瞬間、入場曲が止み、男女の2人組がアコースティックギター持って登場。ステージにも雨は吹き荒れて、あんなに晴れていたのに、僕たちもすでにびしょ濡れです。

 しかし、二人のギターが勢い良くなり始めた瞬間、一気に解放されたように、ボロンがステップを踏み出します。タオルを頭に巻き付け、まるでどじょうすくいのような、なんとも間抜けなステップです。しかし、音楽に乗っている。リズムバッチリ。これぞジャパニーズステップと言わんばかりの足さばき。つられて僕も体が動いてしまいます。隣でムービーを回して笑うソイ。先ほどまでの鬱憤がカタルシスされます。ついでに、rodrigo y gabrielaの2人も心なしか激しく降る雨に触発されて、激しく弾いているような(いつもそういうパフォーマンスなのかもしれませんが)そんなエネルギーを感じます。

 なんだかんだで、長めの一曲が終わり、乗り切った僕らは満足して帰路につきました。雨は降り続いていたので大急ぎで帰りましたとさ。

 

後日談

 雨と汗でベタついた服のまま、空腹を満たすために焼肉屋に向かいました。ボロンによると、いつも大行列ができるというお店で、一か八かという賭けでしたが、奇跡的に待っていたのは2組ほど。僕たちより一足先に来ていたお客さんも「(空いてるのが)珍しいね」と話し合っていました。どうやら本当にラッキーだったようです。お店は路地裏にあり、普通では見つけられなそうなのに、行列ができるとはよっぽどでしょう。焼肉の匂いにお腹がなります。古ぼけた看板に、脂っこい木の扉と床、ベトっとした排気口がいかにもという感じです。

 ボロンは2度ほど来たことがあるらしく、待っている間に、ここのホルモンと、しぼりたて生グレープフルーツサワーの美味しさをコンコンと語ります。

 そして僕たちの順番がきます。ラストオーダーに近い時間ということと、注文を受けてからお肉の提供に時間がかかるから、できれば最初に全部注文してもらいたいとのことで、あらかじめ決めていたメニューを頼みます。おすすめのお肉と、ご飯は大盛り、ボロンおすすめの生グレープフルーツサワーともやしのナムル。提供に時間がかかると言っても、すぐ来ました。

 味は文句なくうまい!他に書くことありません。行ってみてください。『亀戸ホルモン』というお店です。

 最高のお肉で満足した後、銭湯に行って疲れを癒しました。言わずもがな最高の1日だったなぁ。

 

 以上、GREENROOM FESTIVAL 2016 と東京・横浜の旅のレポート